三者面談

高校生との三者面談にて

 高校生コースでは、3年生になるあたりで三者面談を行います。本格的な受験勉強が始まる前に、予備校とご家庭で受験への認識を共有するためです。

 今年の三者面談もほぼ終わりましたが、毎回の面談でしみじみ感じたのは、生徒の保護者さんたちが、GHSが伝えようとしていることの大切さを共有してくださっていることのありがたさです。

 おそらく生徒は、GHSの授業を面白く聞いてくれたり、家でGHSの話をしているのでしょう。実際、親御さんから「GHSに来てから塾に行くことが楽しくなっている」「他の塾では医学部に入ることをあきらめろと言われたが、GHSに来てから実力がついていく展望が見えたようで・・・」等々のお言葉をいただきました。GHSを好意的に見てくださっているため、三者面談はとてもスムーズに進みました。

 

去年の夏から今まで・・・

 私が今の三年生を担当したのは、二年生の夏ごろからでした。二年生の段階では、三年生の本格的な受験勉強の準備を中心に行います。準備、というのは、何よりもまずは、「予備校に行くことが楽しい」と思うことです。それから、「勉強することも悪くないぞ」と思えるようになれば最高です。というのも、(残念なことですが)基本的に高校生で勉強が好きで、勉強の面白さを求めている人は少数派です。「学校が課題を出すから」「大学に合格するためにやらなくてはならないから」というのが圧倒的に多数派になってしまっています。もちろん、勉強というか、何かを学ぶことや、分かること、というのは本当はとても楽しいことです(それをGHSでは伝えています)。ただ「やらなくてはならない」という強制がそれらを楽しくないかのように見せています。

 理想は、生徒が「自分はこれを学びたい」と自然に選ぶこと、させられる勉強ではなく、何をやってもよい自由の中で選ばれる勉強になることです。そうなりさえすれば成績など(苦しい試練を歯を食いしばりながら乗り越えずとも)勝手に上がっていきますし、そうして自分で選び取って勉強を進めていくことこそが、生徒にとって一番面白く、また、生徒の未来(大学に入っても勉強は続きますし・・・)の役に立っていくことにもなるのです。

 しかし、一人一人タイプも目的も違う高校生たちに、どのようなアプローチをすれば「勉強もそれほど悪くないぞ」と感じてもらい、自分に合った勉強法を見つけられるよう指導していくのは、やはりそれなり(1-2カ月ほど)の時間がかかりましたが、今年の三年生たちは皆勉強に対する意識が向上しており、それを今回の三者面談では実感し、保護者さんたちと共有できる時間を持つことができました。

 

 近々今年筑波大学の医学部へ現役合格した生徒の合格体験記がホームページ上にアップロードされます。その生徒のように、今年の三年生たちも、ぐんぐんと飛躍的な伸びを見せてくれるに違いありません。

高地トレーニング

 共通テストが終わり、生徒がそれぞれの受験校を決定してから数日、GHSは直前講習期間に突入しています。
 直前講習期間とは、共通テストが終わってから受験本番まで、生徒の受験校に合わせて、個人指導を行っていく期間のことです。
 この個人指導で、志望校の問題傾向、受験日までの自学自習の方針などを伝えます。受験までの自学自習というのは、あともう少しで合格ライン、という人にとっては文字通り合格を左右する最も大事な期間であり、普段は「物理は実力があれば大丈夫」と言っている私も(合格に必要なことはすべて教えたとはいえ)できる限りのことをしてやりたいと思うのが人情というものです。
 ところで、GHS物理の直前講習は、(よくある)生徒の志望校の過去問を解く・・・という安直な方法はとりません。
 なぜこの方法がまずいのか・・・ある受験生のたとえ話をしましょう。

 その受験生は、物理が苦手科目で、共通テストも平均点よりちょい上くらいの点。なので二次試験も物理問題の難易度が標準くらいの大学を選択します。
「物理は苦手だけど、平均点を取れば大丈夫・他の科目でリードしよう」と考えて、その大学のレベルに合った物理の標準問題を解きまくって本番に臨みます。
 しかし、不幸なことにその年に物理の問題の難易度が上がっていて、試験の緊張と合わさって頭がパニック状態、当然結果は不合格・・・。

・・・こんなことが起こりうるのが’本番’です。今年の受験生は共通テストのショックで免疫がついているとはいえ、それでもそうしたリスクは常に付きまといますし、もし想定通りの難易度だとしても、本番で練習の力がしっかり出せるとは限らないものです。

 ではどうするか?それが「高地トレーニング」です。
 生徒の志望校と、傾向が同じ・あるいは似ている問題で、かつ一段難易度の高い大学の過去問を演習するのです。

例えば志望校が筑波大学だったら○○大学、または○○大学。
例えば志望校が信州大学だったら○○大学。
・・・

 具体的な大学を指示するときは、大学の傾向・難易度に加えて、一年間付き合ってきた生徒の’キャラクター(どういう分野が得意・不得意、計算ミスをするのはどういうときに多いか・・・)’も考慮して選んでいきます。
 この方法は東大・京大のような正真正銘の最難関の大学には使えませんが(それらの大学ではまた違う方法がありますが、しかし今回のテーマから外れるので今は置いておくこととします)、さておき、この「高地トレーニング」では、受験本番の数日前まで、一段難易度の高い(高地)大学で(時間配分なども指示します)存分に演習し、それから志望校の過去問へ’降りてきて’数回の演習をした後に本番に臨むのです。

 こうした訓練をした生徒は、本番数日前に志望校の過去問へ降りてきた時に、「あれ、この大学の過去問はこんなに簡単だったっけ?」と思うはずです。息も吸いやすいし、パフォーマンスも訓練以前より出せる。
 この方法は、前述のように、本番の試験が難化した場合に備えられることのほかに、難化せず、難易度が例年並みである場合にも効果を発揮します。過去問を解いていた時の余裕・安心感が、本番での計算ミス減少、落ち着いて問題の全体像を把握しながら問題を解いていくことにつながります。
 全体像をつかみながら問題を解いていくこと、また計算ミスをしないことがどれほど大事かは、物理選択者なら皆わかっていることと思います。
 去年の4月から着実に物理の実力をつけてきたGHS生たちは、その実力が素直に出せれば志望校へ合格するラインに到達しています。
 後はそれを発揮するだけです。皆さんもしっかりと気持ちを整えて本番に臨んでほしいと思います。

2022年共通テスト物理

 

 2022年も共通テストが終わりました。今年の物理の共通テストはあえて言うならば’簡単’になったのではないかと思います。あとで説明しますが、私個人の感想としては、「物理基礎の問題かな?」とでも言いましょうか・・・。いやいや、別に、物理基礎っぽいのがダメと言いたいのではなく・・・。でもでも・・・というような、ある種もんにゃりとした気持ちになっております。

 とりあえずダイジェストで感想を並べてみましょう。

 

第1問

 センター試験の時から続くいつもの小問集合。ここにしか波と熱力学の問題はありませんでした(15点分)。波と熱力学の扱いが小さいのは、物理の各分野をまんべんなく勉強してきた受験生たちにとっては、その勉強の成果が出ることなく終わってしまったということになります。逆に、力学と電磁気学にヤマをはった受験生がかなり有利でした。こうした物理以外での点数の偏りは、全国の受験生がどれだけ勉強してきたかを測るテストの在り方としてはあまり相応しいものではないでしょう。問題の難易度としては、難しい問題はなく、どれも標準以下の難易度でした。

第2問

 力学の問題。この大問の前半は個人的には今回一番好きな問題でした(後述)。前半の問題が良い出来なのに対して、後半は易しすぎて、共通テストで出すほどではないでしょう。私が共通テストを作るなら、前述の偏りを補うように波か熱力学の問題を入れるのですが・・・。

 

第3問

 電磁気・・・ではあるのですが、実験のグラフを選ぶだけでほぼ終わってしまいます。式を立てる必要がほぼないのです。誘導起電力がイメージできる受験生にとっては簡単すぎる問題。

 

第4問

 原子物理の問題。丸々一問が、その単元の後の方の水素原子をテーマにした問題でした(途中ほんのすこしだけ円運動がありましたが)。水素原子というのは、受験生(特に現役の受験生)にとっては、原子物理という最後の分野の中でも最後に学ぶテーマです。コロナ禍で学習の進度がまちまちにならざるを得ない現役の受験生に配慮した気配がないのは残念です。問題の中身自体はどのような参考書にもあるような標準的かそれ以下の問題です。水素原子の半径・エネルギー準位までしっかり二次レベルまで演習していたGHS生はみなできていました。

 

 大体このような感じです。

今回一番いいな、と思った問題は大問2番の前半です。要旨は「Aさんがモノの動きについてある(間違った)仮説を立てた。それを聞いたBさんはAさんの説が間違いだと思い、その反証(それが間違っているという証拠)を探す」というものです。そのために、実験で気を付けるべきこと、この実験から何が言えるか・・・について問題になっていて、さながら自然科学のミニ研究のような面白さがあって、物理の思考を問う・・・という趣旨から見ると、とても良い問題でした。現実から理論を立て、反証し、また仮説を立て・・・というのを繰り返しながら特殊な理論から一般的な理論へと登っていくのが自然科学の思考です。

 「Aさんの仮説をグラフにすると・・・」という問題は、物理法則とは直接は関係ないけれども、仮説をグラフ化することで、見やすく、かつその法則が示す全体像を把握する、という物理的思考を試す問題としてよかったと思います。これは、公式を覚えているか・・・という話ではなく、自分で読解してグラフ化しなければいけない問題です。共通テストの「公式暗記じゃダメだよ」というメッセージが伝わってきます。

 

 全体の話に戻すと、去年の共通テストの解説では、「2021年の共通テストは式を立てなくてよい問題が多かった」と述べましたが、その傾向は強まっている印象を受けました。GHSの生徒たちも、イメージでサクサク'簡単'に解いていくことができたようで、時間が足りなかった、という人はほぼいませんでした。今年は数学がとても難しくなっていた関係上、易しめの物理で心が癒されたというコメントもありました。大問2以外は総じてサクサクできた、というのが生徒たちの感想です。

 

 講師の側から見ると、物理的イメージから、式をたて、それらの式を組み合わせて望む答えを出していく、という正統の物理と比較すると、どうしても「これって物理なの?」という肩透かし感は否めないのですが、もしかして、こうした正統の物理をするのは全部二次試験にまかせて、共通テストは文系仕様としての物理的イメージができていれば解ける物理基礎めいたテストになっていくのでしょうか・・・。それとも、去年70点という高得点の平均点をたたき出したのちに、その批判のせいなのか今年の平均点が50点と大難化した生物のように、物理も次の年にムチャクチャに大難化したりするのでしょうか・・・。私としてはどちらでも楽しみではあります。

 というのも、今後もイメージ重視(=数式軽視?)が続くのであれば、授業でもいつも言っている「イメージが大事だぞ」とますます言いやすくなりますし、難しくなるならなるで、イメージから式を立て、解いていくという訓練を普通に行っているGHS生は、難しくなるほどにシッカリと解いていきますので、ほかの受験生と差をつけるよいチャンスになるからです。

 

 それにしても、GHS生はあの数学のショックの中で、よく残りの理科科目に立ち向かってくれたと思います。これまでこちらの指導のエッセンスをくみ取って頑張ってくれた成果が、形式がどうでも解ける、という形で出てきていることを感じました。もちろん本当の本番はこれからの二次試験・私大入試なのですが、このまま勉強を続けていれば物理の実力は必ずついていきますから、残りの一か月半、存分に物理の勉強に没頭してほしいと思います。

後期を終えて

早いもので、先週で後期が終了しました。今後は生徒を集めて一斉に授業をするという形の授業はなく(教えるべきことはすべて教えましたので)、生徒の志望校の難度や問題傾向に合わせて個別的に対応していく形になります。

生徒たちの方はというと、11月は実力テストや面談、模試などが重なり、いよいよ受験本番が近づいてきたという空気をひしひしと感じていたようです。

 

試験の本番が近づいてくると、当然と言えば当然なのですが、本番までにできる勉強の量がどんどん限られてきます。

それを実感した生徒からは、「この学習の出来具合では、この少ない残り時間で受験には間に合わないのではないか・・・」という不安の声がちらほらと聞こえてきたことでした。

残り時間が少ない、という不安については(もちろん受験生の心情としては共感できますが)、今までの学習にしっかりと取り組んできた生徒が心配することはありません。

が、しかしその不安はそれとして、そのような不安のタネとなる「残り時間が少ない=できることが限られる」ということは、実は決して悪いことばかりではなく、むしろ、できることが狭まっているからこそ、「本当に必要なことは何なのか」ということを考えさせてくれる、という特有の”効用”があるのです。

 

 

GHSのこれまでの生徒も、例えば物理の実力がこの時期からぐんと伸びてくる例は多く、あるいは共通テストが終わってから実力がぐんとつく、という例もたくさんあります(私の例で恐縮ですが、受験生時代の私が物理が本当に「わかった」という感じを得て、実力がぐんと伸びてきたのもまさにこの時期です)。

 

そのぐんとできるようになるときの「ぐん」の中身は何でしょう。

卒業していったいろいろな生徒に話を聞いてみたところの大筋を、一人の生徒(物理選択者)を代表例として述べてみます。

 

 

・・・その生徒はこの時期、多くの受験生の例に漏れず、物理の過去問にチャレンジしていきました。

しかし皆さんもご存じのように、過去問というのは、それがたとえただ一教科、一校の過去問であったとしても、一冊分をすべてやり切るには相当なボリュームがあります。

例えば私立医学部を受験する・・・ということになりますと、それら何校もの過去問をすべて・・・ということはどう考えても到底無理な話です。

 

そこでその人は、過去問を片っ端からやみくもに解く、ということはせずに、

また、過去問を解く学校を絞る・・・ということをする前に、

これらの過去問で問われている内容を吟味し、「この中で学ばなくてはいけない本質は何だろう」ということを考え直していったそうです。

 

ここが伸びた人と伸びなかった人の分かれ道でした。

そうして問題で何が問われているのかと考えていったとき、その人は物理の問題で「知らない知識」に基づいて問われている問題はただの一問もないということを改めて発見したといいます。

そこで、今までの学習を振り返り、「自分が今まで何を学んできたのかどんな法則を習ってきたか」の一覧を紙に書き出してみたそうです。

 

すると、物理で身につける法則の少なさ(詳しくはHPで公開中の「体系物理読本」を参照してください)、が「たったの十数個しかない!」ということが、(もちろん頭ではわかっていたのですが)心の底からはっきりと実感できたそうです。

そしてここから物理の体系性、全ての問題はごく少数の本質的な事柄から派生した枝葉に過ぎないということ(GHSが常に発信していること)がすっきりと見えてきて、靄が晴れるようにくっきりと鮮明に描けてきたと語ってくれました。

それにより、「自分で発見し直した」このごく少数の本質をしっかりと使いこなせるようにするためだけに過去問演習をしているのだ、ということがはっきりと自覚でき、理解度が「ぐん」と上がり、また過去問の解ける割合も上がっていきました。

 

 

私が思うに・・・このエピソードの核心は、

今までは、先生の授業を聞いて理解するということがメインであった時期であり、授業で教えられる大事なことを「そうか、これが大事なのだな」と受け取る、ある意味では受動的な勉強であったものが、

やることが限られたこのとき、改めて「何が大事なのだろう」という能動的な問いかけ=自分の勉強に転化していった、ということなのではないでしょうか。

その結果、今まで習ってきた大事なことが、「これさえあれば大丈夫!」と、本当の意味で自分のものとしてつかみ取られ、飛躍的なレベルアップとなったのです。

 

もちろんこうした転化は今までにしっかりと授業を聞き、大事なことを一通り学習したからこそ起こりうることで、このときに初めて味わえる楽しさ、初めて見える景色、というのは、実感した人でなければなかなか伝わりにくいものではあるのですが、さておき、こうした出来事は、やることが絞られたという必然性がなければ生まれないものでしょう。

 

 

とかくネガティブになりがちなこの時期ですが、逆にこの時期にこそあるこの”効用”-時間が潤沢にあると思っていた時には決してできなかった飛躍を遂げるチャンスにできること-とその展望を、後期を終えて、自分の勉強に入っていく生徒の皆さんに、急ぎ伝えておきたいと思います。